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嬉しい一言
「昨日は施術して頂きありがとうございました!久しぶりに夜ほぼ朝まで目が覚めずに寝れました!」
たったこれだけの文章。
でも、治療家にとっては、これはもう金メダル級のひと言なのです。オリンピックも盛り上がってますしね(笑)
豪華な花束でも、高級なお菓子でもない。たった数行のメッセージ。けれどその中に詰まっているのは、患者さんの安堵と、身体の静かな勝利宣言。
「朝まで寝れました」
この一文の破壊力、すごいのです。
眠れない夜というのは、まるで頭の中に小さな会議室があって、そこに心配事や緊張や過去の反省会が勝手に集まってくるようなもの。誰も呼んでいないのに、議長までいる。しかも長い。
身体がガチガチだと、その会議は延長戦に突入します。
寝返りを打つたびに肩が主張し、腰が抗議し、首が「まだ働いてますけど?」と残業宣言。布団は休息の場所のはずなのに、まるで深夜営業のオフィス。
そんな夜を越えて、
「ほぼ朝まで目が覚めずに寝れました」
これはもう、身体が「今日は定時退社します」と宣言したということです。
治療家という仕事は、不思議な仕事です。
その場で劇的な拍手が起きるわけでもない。スポットライトも当たらない。けれど、患者さんの身体の奥のほうで、小さな静かな革命が起きている。
施術中は、見えないところで対話しています。
硬くなった筋肉と交渉し、ねじれた関節と和解し、緊張しっぱなしの神経に「もう大丈夫だよ」とそっと伝える。
派手ではない。でも、確実に。
だからこそ、翌日に届く「眠れました」の一言は、通知音が鳴った瞬間から胸の奥がじんわり温かくなるのです。スマホの画面が少し輝いて見えるのは気のせいでしょうか。(笑)
この仕事をしていると、時々聞かれます。
「やりがいって何ですか?」
以前なら、姿勢が整った瞬間とか、痛みが取れた瞬間とか、そう答えていたかもしれません。でも今はこう言えます。
やりがいは、翌朝のメッセージです。
施術が終わった直後よりも、その夜を越えたあとに訪れる変化。その時間差の中に、本当の答えがある。
人の身体は、正直です。
無理を重ねれば、ちゃんと悲鳴を上げる。休ませれば、ちゃんと回復しようとする。整えてあげれば、本来のリズムを思い出す。
眠れるというのは、そのリズムが戻ってきた証拠。
呼吸が深くなり、自律神経が落ち着き、身体が「守られている」と感じている状態。
だから「よかったです!」という言葉は、私にとっては「あなたの仕事は意味がありました」という合格通知のようなものなのです。
しかもそれが、さらっと書いてあるのがまた嬉しい。
大げさじゃない。ドラマチックでもない。
日常の延長線上にある、普通の報告。
でも、その普通がどれほど尊いか。
治療家をしていると、つい技術の話をしたくなります。関節の可動域がどうとか、筋膜の連動がどうとか、専門用語という名の魔法陣を描きたくなる。
けれど本質はシンプル。
夜、ぐっすり眠れること。
朝、すっきり起きられること。
それ以上でも、それ以下でもない。
人は眠れていないとき、少しずつ余裕を失います。小さなことにイライラし、優しくしたいのにできなくなる。笑顔が減る。
でも、眠れるだけで違う。
世界の色が少し鮮やかになる。
コーヒーの香りがちゃんと届く。
家族の声にちゃんと応えられる。
そう考えると、「朝まで寝れました」は、実は人生の質の向上報告でもあるのです。
そして私は、来月の予約を見ながら、静かに気合いを入れ直します。
次も、ちゃんと整えよう。
またぐっすり眠ってもらえるように。
また、身体が安心してオフになれるように。
また、日常が少し軽くなるように。
治療家という仕事は、派手さはないけれど、誰かの夜を静かに守る仕事なのかもしれません。
暗い部屋の中で、患者さんがすやすや眠っている。その姿を直接見ることはないけれど、想像するだけで十分嬉しい。
布団の中で寝返りも打たず、呼吸がゆっくりと深くなっていく。
その時間の一部に、自分の仕事が関われている。
これ以上のご褒美があるでしょうか。
だから今日も、また一人ひとりの身体と向き合います。
骨の位置よりも、その人の生活を。
筋肉の硬さよりも、その人の背景を。
技術を磨きながら、でも目的はいつも同じ。
「朝まで眠れました」
その一言を、またもらえるように。
そしてその度に、心の中で小さくガッツポーズをするのです。
治療家の喜びは、静かで、地味で、でも確かに深い。
普通の一言が、宝物になる。
そんな仕事をしている自分を、少し誇らしく思いながら。
来月も、どうぞよろしくお願いいたします。



