臨床30年以上の知見を、あなたの臨床へ。 治療家・セラピストのためのWebマガジン
亡き父の言葉なきメッセージが、いまも私の背中を静かに、しかし確かに押し続けています。
一生、安心して任せられる整体師である。
人は、何か大きな決断をするとき、派手な出来事や劇的な成功体験に突き動かされると思われがちです。でも、私の場合はまったく違いました。それは、音もなく、誰にも気づかれないような、けれど胸の奥深くに残り続ける出来事でした。
少し前(2025年末)に、父が亡くなりました。
父は愛知県瀬戸市で、長年にわたり職人として生きてきた人です。瀬戸といえば焼き物の町。父もまた、自分の手ひとつでモノを生み出す仕事を誇りにしていました。多くを語る人ではありませんでしたが、仕事に向かう背中は、いつも凛としていたのを覚えています。
年齢とともに体は少しずつ弱り、ある時から仕事の現場を離れるようになりました。最後に仕事をしたのは、もう10年以上も前のことです。それでも父は、道具を手放すことはありませんでした。使い込まれた工具たちは、まるで父の分身のように、静かにそこにあり続けていました。
そして、いよいよ最期が近いと感じられる日が来ました。
病室には、どこか張りつめた空気が流れ、家族全員が「この時間が、もう長くは続かない」と、言葉にせずとも理解していました。そのときです。
私の携帯電話が鳴りました。
不意に鳴り響いた着信音が、やけに大きく感じられました。
その場の空気を切り裂くような音に、時間が一瞬、止まった気がしました。
画面を見るまでの、ほんの数秒。
けれど、その数秒が、異様なほど長く感じられたのを覚えています。
画面に表示されたのは、実家の事務所からの転送電話。
一瞬、何が起きているのか分かりませんでした。
電話に出ると、仕事の依頼でした。
「これを作りたいので、見積もりをお願いしたいのですが」
その言葉を聞いた瞬間、体の奥が震えました。
もう10年以上、仕事をしていない父に。
いままさに、人生の幕が下りようとしている父に。
その仕事の依頼は、父が息を引き取る、わずか3時間前に、実家の事務所にかかってきたものだったのです。
あとから聞いた話では、その依頼主は「細かいところまで安心して任せられるのは、江尻さんしか思い浮かばなかった」と、何気なく口にしていたそうです。
その言葉を聞いたとき、私ははっきりと分かりました。
父が長年積み重ねてきたものは、技術だけではありませんでした。
この人なら大丈夫だ。
最後まで、安心して任せられる。
そう思ってもらえる在り方そのものが、父の仕事だったのです。
整体師も、まったく同じだと思います。
派手な理論や流行の技術ではなく、目の前の人の体と、人生に向き合い続けること。
この人に任せておけば大丈夫だと、心と体の両方を預けてもらえる存在であること。
それが、私の考える整体師の理想像です。
言葉が出ませんでした。
ただ、胸の中に込み上げてきたのは、驚きや悲しみではなく、強烈な感情でした。
「かっこいいな」
心の底から、そう思いました。
10年以上という時間が流れてもなお、「この仕事は江尻さんに頼まないと」と思ってくれる人がいる。父の名前を、職人として覚え続けてくれている人がいる。
人は、死ぬ直前まで、人から必要とされることができる。
それが、父の生き様でした。
私はその瞬間、職人という生き方の本質を見た気がしました。それは、流行や肩書きではなく、積み重ねてきた時間そのものが信用になる世界です。自分の仕事に誠実であること。手を抜かず、嘘をつかず、ただ目の前の仕事と向き合い続けること。
父はそれを、言葉で教えることはありませんでした。でも最期の最期に、言葉を超えたメッセージを残してくれたのです。
「こうやって生きるんだ」と。
私は思いました。
私も、そうありたい。
そしてこれは、私の自己満足かもしれません。それでも、あなたにも、そんな“かっこいい職人”であってほしいと、心から願っています。
売上のために頭を下げ続け、必死に集客を追いかける毎日ではなく。
「これは、どうしてもあなたにお願いしたいんだ」
そう言ってもらえる存在であってほしい。
一時的に選ばれる人ではなく、人生の節目節目で、思い出してもらえる人であってほしい。
人から一生必要とされる、誇り高き整体師であってほしいのです。
正直に言えば、私はもともと、とてものんびりした人間です。先を急ぐタイプでもなければ、競争が好きなわけでもありません。
それでも、父の最期や、身の回りで起きたさまざまな出来事が重なり、心の奥で何かが変わりました。
「いまのうちに」
そう思うようになったのです。
いつかやろうではなく、いまできることを。
まだ大丈夫ではなく、いま動く。
父が教えてくれたのは、命の長さではありません。どれだけ深く、人の記憶に残る仕事をしてきたか、ということでした。
この想いを胸に、私は整体師として、職人として、これからも自分の仕事と向き合い続けます。
もしあなたが、ただの施術者ではなく、一生必要とされる存在になりたいと願うなら。
その道は、もう始まっています。
父がそうであったように、静かに、誠実に、あなた自身の仕事を積み重ねていくだけです。
私が目指しているのは、痛みを取るだけの整体師ではありません。
不調が出たときだけ思い出される存在でもありません。
人生の節目で、ふと顔が浮かび、
「あの人に診てもらえば大丈夫だ」と思ってもらえる整体師です。
技術は、磨けば磨くほど深まります。
でも、本当に人に選ばれ続ける理由は、数字でも、肩書きでもありません。
どれだけ誠実に、その人の体と向き合ってきたか。
どれだけ真剣に、その人のこれからを考えてきたか。
その積み重ねだけが、時間を超えて信頼として残ります。
父が最期の瞬間まで、仕事の依頼を受け取ったように。
私もまた、必要とされ続ける整体師でありたい。
そしてあなたにも、
ただ施術をする人ではなく、
一生、安心して任せられる存在であってほしいと、心から願っています。
だから、私の整体は「技術を教える」だけのものではありません。
どんな手技を使うかよりも、
どんな姿勢で人の体と向き合うのか。
どんな言葉をかけ、
どんな覚悟で、その人の人生に触れるのか。
そこを、何よりも大切にしています。
私が整体スクールで伝えているのは、
流行のテクニックでも、短期間で結果を出すノウハウでもありません。
「この人なら安心して任せられる」
そう思われる整体師であり続けるための、
基本的な整体テクニックと整体師としての在り方そのものです。
父が、10年以上仕事から離れていてもなお、
最期の瞬間まで必要とされたように。
時間が経っても、環境が変わっても、
人の記憶から消えない整体師になること。
それが、私の整体であり、
このスクールで伝えたい、ただ一つの本質です。
もしあなたが、
集客に追われる整体師ではなく、
静かに、自然に、選ばれ続ける存在でありたいと願うなら。
これから、共に学び、共に遊び、技術だけではなく、生き方も学ぶ時間を一緒に過ごしましょう。


